ぼうっと過ごした1日の終わりに、「時間を無駄にしてしまった」と、罪悪感を感じます。
何もしない自分を許すには、どうすればいいですか。
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ぼうっと過ごした1日の終わりに、「時間を無駄にしてしまった」と、罪悪感を感じます。
何もしない自分を許すには、どうすればいいですか。
お話を聞かせてくださってありがとうございます。
何もしなかった1日に罪悪感――忙しい現代人は、そんなふうに思うこと、たまにありますよね。
「ぼーっとするなら、掃除や片付けすればよかったな」なんて思うこと、私にもあります。
その思いがあるということは――「忙しいことが価値」「何もやらないのは罰」というふうに、ご自分で勝手に決めてしまっているのではないでしょうか。
私たちは、生まれてから死ぬまでの時間は、限られています。それをどう使うかというのが、人生なんですよ。
仕事をしたり、家事をするというのも、とても大事なことなんですが――何も考えずに、ただ過ごしたり、花を見て「きれいだな」と思って時間が過ぎたり、それも、素敵な時間の過ごし方なんですね。
「時間を無駄にするな」と言われたりしますけれど、無駄かどうかというのは、自分の思い込みが、勝手に決めていることなんです。
ぼーっとした時に、どんなことを感じられたでしょうかね。コーヒーが美味しいなと思った。小鳥が鳴いているなと、静かに聞いていた――。
何か感情が動いた時間を過ごしていたなら、それは決して、無駄ではないんですよ。

たま先生の解説
心理のポイント
私が先ほど「無駄かどうかは、自分の思い込みが勝手に決めている」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、現代人が抱えやすい、とても大切な気づきだからなんです。
私たちは小さい頃から、「ちゃんとしなさい」「時間を大切に」「無駄なことをしてはいけません」と、たくさん言われて育ってきました。
その言葉が、大人になった今も、ご自分の中に「監視員」として住みついていることが、よくあるんですよ。
その監視員は、ぼーっとしている自分を見つけると、すぐに「ダメだぞ、何かしなさい」と叱ってきます。
そうやって叱られながら、無理に立ち上がって何かをしても、心は休まりません。むしろ、ますます疲れていってしまうんですね。
ぼーっとする時間というのは、心理学的にも、脳のメンテナンスとしてとても大切な時間なんです。
何もしていないように見えても、その間に頭の中では、記憶の整理や、感情の処理、新しいアイデアの種まきが、静かに行われているんですよ。
これは、寝ている間の睡眠と、同じくらい大事なものなんです。
これを読んでくださっている、忙しい毎日の中で罪悪感を抱えがちなあなたへ。
「何もしない時間」を、ご自分にちゃんと許可してあげてくださいね。
そして、ぼーっとしている間に、心の中で動いたことを、ひとつ思い出してみてください。
「あ、今日のコーヒーは少し濃かったな」「窓から見た雲が、面白い形だったな」「テレビから流れていた歌が、懐かしかったな」――。
そういう小さな気づきの積み重ねが、毎日に「自分らしさ」を取り戻してくれる、とても大切な栄養になっていくんですよ。
時には、何もしない1日があって、いいんです。
頑張り続けてきたあなたの心と体に、ゆっくりとした時間をプレゼントしてあげてくださいね。