私が先ほど「職場での親切さと、恋愛としての好意は、見た目がよく似ている」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、とても大切なことが隠れているからなんです。
人の心には、はっきりしない出来事に出会うと、自分の望むほうへ意味を補って読み取ろうとするクセがあります。
「近くに座ってくれた」「褒めてくれた」。
ひとつひとつは、どちらにも受け取れる、あいまいな出来事ですよね。
そこに「好かれている」という物語が生まれるとき、動いているのは、相手の気持ちよりも、あなた自身の願いのほうなんです。
人は一度「こうであってほしい」と願うと、その願いに寄り添う出来事ばかりを、知らず知らずのうちに拾い集めてしまうんですよ。
反対に、そうではないかもしれないという小さなサインのほうは、そっと見ないふりをしてしまう。
これは、あなたが特別に思い込みが強い、ということでは決してありません。
誰の心にも起こる、ごく自然な働きなんですよ。
とくに、毎日の暮らしの中で少し心が乾いているとき、人は「誰かに必要とされている」という感覚を、いつもより強く求めるようになります。
彼女の笑顔が、そのまま救いのように見えてしまうとしたら。
それは、あなたの心が、温かいつながりを探しているサインなのかもしれません。
だとしたら、あなたが本当に向き合う相手は、彼女ではないんです。
満たされたい、認められたいと願う、あなた自身の心なんですね。
そしてその心は、実は、いちばん身近なところから満たしていけるものでもあるんです。
奥さまと過ごす時間も、はじめは少し照れくさく感じるかもしれません。
それでも、そばにいてくれる人に「ありがとう」と伝えるところから、乾いていた心は、少しずつ潤っていくものなんですよ。
その小さな積み重ねが、外へ外へと向いていた心を、そっと家のほうへ連れ戻してくれます。
これを読んでくださっている、日々まじめに働き、誰かの頼りであろうと頑張ってきたあなたへ。
その頑張りは、ちゃんと誰かに届いていますよ。
いま感じている寂しさや物足りなさを、悪いものだと決めて、責めなくて大丈夫です。
それはむしろ、あなたがまだ、人を好きでいたい、誰かを大切にしたいと願っている、あたたかい証なんですから。
焦らなくて、大丈夫ですからね。