50代の女性です。
母親と昔から折り合いが悪く、紆余曲折を経て、現在は自分の心を守るために、実家とは離れて別居しています。
10数年前に父が亡くなり、母は一人暮らしなのですが、どうしても一緒に暮らすことはできません。
私は教育関係の仕事をしており、毎年3月から4月にかけては年度の変わり目で、殺人的な忙しさになります。
しかし、母は毎年、その一番忙しい時期に、父のお墓参りや実家に来ることを強要してきます。
「忙しいから、少し時期をずらしてほしい」と頼むと、ものすごく不機嫌になり、嫌味を言われます。
今年も私が行ける日と母の都合が合わなかったのですが、ただそれだけでヒートアップし、「私が死んでも、あなたは忙しいから葬式にも来ないのね」と激怒され、今は無視されています。
離れて暮らしていても、母の呪縛から逃れられずにいる自分が情けないです。
本心では、母と一対一で会うのがずっと前から辛く、「もう会わなくても良い」とさえ思ってしまいます。
こんな風に考える私は、冷たい娘なのでしょうか。

たま先生の解説
心理のポイント
私が先ほど「親子血縁だから繋がりは切れないなぁ、というくらいに思っておいて」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、長く確執のある親子関係を楽にする、いちばん大切な考え方だからなんです。
私たち日本人は、「親孝行」という言葉を、とても重く受け止めてしまうところがあります。
「親には会いに行くべき」「電話くらいするべき」「ご機嫌を取って、頻繁にプレゼントを送るべき」――そういう「べき」の塊が、無意識のうちに、ご自分を縛ってしまうんですね。
でも、もしご相談者様が、本当に心の底から「お母様に会いに行きたい」と思える関係なら、こんなに苦しんでいらっしゃらないはずなんですよ。
「会いに行かないと罪悪感に苛まれる」というのは、愛情ではなくて、長年の「お母様の言葉の支配」が、今もご相談者様の中で動いているサインなんです。
「私が死んでもあなたは葬式にも来ないのね」――これは、言葉の暴力です。
愛されたい娘の罪悪感を、いちばん効率よく刺激する方法を、お母様は無意識のうちに知っていらっしゃるんですね。
これに、毎年、心を折られ続ける必要は、もう、ないんですよ。
これを読んでくださっている、ご実家との関係で罪悪感を抱えているあなたへ。
「冷たい娘」と「優しい娘」の二択ではないんです。
本当の優しさとは、ご自分の心と体を守りながら、相手とも一定の距離で関わり続けることなんですよ。
毎年繁忙期に振り回されて、ご自分の仕事のパフォーマンスも、心の健康も、削られ続ける――それは、ご家族にとっても、本当の意味でプラスではないんです。
ご自分のペースで、母の日にお花を贈る。年に一度、ご自分が無理なく行ける時期にお墓参りに行く。それだけで、十分です。
「呪縛から逃れられない自分が情けない」と思わなくていいんですよ。
長年積み重なった親子のパターンは、すぐには変わりません。でも、ご自分のペースを少しずつ取り戻していく姿勢こそが、その呪縛を緩めていく、唯一の道なんですからね。