私が先ほど「心配していい、でも決めるのは二人にまかせる」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、とても大切なことが隠れているからなんです。
親にとって、子どもはいくつになっても子どもですよね。
だから、我が子が苦しんでいる姿を見ると、なんとかしてあげたい、守ってあげたいという気持ちが、自然にわき上がってきます。
これは、とても健やかで、まっすぐな愛情なんですよ。
ただ、その愛情が強いほど、「心配」と「コントロール」の境目が、見えにくくなることがあるんです。
心配だからこそ、つい理由を聞き出したくなったり、こうしたほうがいいと伝えたくなったりする。
その一つひとつは、どれも愛情から生まれているんですよ。
ただ、受け取る側にとっては、それが少しだけ、重たく感じられてしまうこともあるんです。
いま本当にぶつかっているのは、息子さんの離婚そのものではなく、あなたの中にある「大切な人を、思うようには守ってあげられない」という、もどかしさなのかもしれません。
けれど、大人になった子どもの人生は、もう、その子自身のものなんです。
親が代わりに答えを出してあげることはできませんし、出さないでいることが、その子の力を信じることにもなるんですよ。
息子さんが理由を詳しく話してくれないのも、あなたを信じていないからではないんです。
むしろ、自分たちのことは自分たちで受け止めよう、心配をかけまいと、踏ん張っている証なのかもしれません。
見守るというのは、決して突き放すことではありません。
「あなたなら大丈夫」と、心の中では手を離さずにいること。
これが、いちばん難しくて、いちばん深い愛情の形なのだと、私は思うんです。
お孫さんとの関係も、いま急いで答えを出さなくて大丈夫。
会える形は変わっても、あなたがお孫さんを想う気持ちが消えない限り、つながりはちゃんと残っていきますからね。
血のつながりや、これまで積み重ねてきた時間は、離れて過ごしても、その子の心の奥に、ちゃんと生き続けているんですよ。
これを読んでくださっている、我が子を想うあまり、どうすればいいか分からなくなってしまったあなたへ。
あなたはもう、十分すぎるほど、ご家族を大切に想っています。
だからもう、これ以上ご自分を「何もしてあげられない親だ」なんて、責めないであげてくださいね。
その優しい気持ちのぶんだけ、少し力を抜いて、みんなの幸せを願う側にまわっても、いいんですよ。
焦らなくて、大丈夫ですからね。