私が先ほど「あなたが一番心配されているのは、保育園でのご自分の立場のことのようだ」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、とても大切なことが隠れているからなんです。
人は、自分でも「いけない」とわかっていることをしているとき、心が壊れてしまわないように、痛みの矛先を「バレたらどうしよう」という外側の心配へと、そっとすり替えてしまうことがあるんです。
立場や世間体という「目に見える恐れ」のほうが、罪悪感や、大切な人を傷つけているという「心の痛み」よりも、まだ直視しやすいからなんですね。
けれど、そうやって心配ごとを外側に置いているあいだは、いちばん向き合うべき気持ちには、そっとフタがされたままなんです。
だから、立場のことばかりが頭を占めてしまうのは、あなたが薄情だからではありません。
むしろ、心が痛みからあなた自身を守ろうとしている、とても自然な反応なんですよ。
そして、もう一つ。
不倫という形で本当にぶつかっているのは、多くの場合、「相手の女性が特別だから」という一点ではないんです。
「わかってほしい」「素直な自分でいたい」という、ずっと満たされずにいた心の渇きなんです。
妻にはない優しさや共感が心地よかった、とあなたはおっしゃいました。
それは裏を返せば、いちばん近くにいるはずの人との間で、あなたが長いあいだ、静かに寂しさを抱えてきたのかもしれない、というサインでもあるんです。
その渇き自体は、責められるべきものではありません。
でも、外で満たそうとするほど、家の中の渇きはそのまま残り、いつか必ず、あなた自身と、待っている人たちを苦しめてしまうんです。
だからこそ、向き合う先は「バレるか、バレないか」ではなく、「この寂しさは、どこから来たのか」なんですね。
それは、今のお相手と別れること、それだけを意味するのではありません。
今の暮らしの中で、あなたがどこで、何に、寂しさを感じてきたのか。
そこに、そっと目を向けてみる、ということなんです。
これを読んでくださっている、まさに今、揺れる胸を抱えたあなたへ。
自分を、どうか悪者だと決めつけないでくださいね。
心が、寂しかった。
ただ、それだけのことなんです。
その寂しさに、そっと気づいてあげられたとき、あなたはもう、本当に大切にしたいものへ、一歩を戻りはじめていますよ。
その一歩は、誰かに気づかれるものではないけれど、あなたの中では、ちゃんと大きな一歩なんです。
焦らなくて、大丈夫ですからね。