私が先ほど「同じ土俵で責め合う必要はない」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、とても大切なことが隠れているからなんです。
人は一度「自分が悪い」と思い込んでしまうと、その罪悪感を握りしめたまま、相手からの追及をすべて受け入れてしまうことがあります。
「私が最初に嘘をついたのだから、責められても仕方ない」。
そんなふうに、自分で自分を罰する側にまわってしまうんですね。
そうなると、どれだけ問い詰められても「当然の報い」だと感じてしまって、苦しさを苦しいと言えなくなっていきます。
でも、よく見てみてください。
あなたが問い詰められて焦ってしまうのは、記憶が曖昧だからではないんです。
「また矛盾を指摘されて、また責められるかもしれない」という恐れが、あなたの心を先回りして緊張させているからなんですよ。
これは記憶力の問題ではなく、安心できない関係の中で起きている、ごく自然な心の反応なんです。
そして、もうひとつ。
同じ話を何度も蒸し返すという行為の奥には、多くの場合「まだ相手を信じきれない」という不安が隠れています。
つまりご主人が問い詰めているのは、本当はあなたの過去そのものではなく、ご主人自身の中にある不安なのかもしれません。
本当にぶつかっているのは、恋愛の人数でも、借金の金額でもないんです。
「この人を信じていいのだろうか」という、お互いの心の奥にある不安どうしが、ぶつかっているんですね。
だからこそ、どちらの嘘が重いかを競っても、心は少しも軽くなりません。
むしろ勝ち負けを決めようとするほど、二人のあいだの信頼は、少しずつすり減っていってしまうんです。
必要なのは、勝ち負けを決めることではなくて、「これ以上、お互いを裁くのはもうやめよう」と、どちらかがそっと手を止めることなんです。
これを読んでくださっている、誰よりも先に自分を責めてしまう、あなたへ。
やり直したいと思えるあなたの心は、決して間違っていません。
でも、支え合う夫婦というのは、片方だけが謝り続ける関係のことではないんですよ。
自分を責める手を止めることは、夫婦をあきらめることとは違います。
あなたが自分を責める手をそっと止めたとき、はじめてご主人が本当はどうしたいのかも、静かに見えてくるはずです。
焦らなくて、大丈夫ですからね。
あなたはもう、十分すぎるほど、向き合ってきたのですから。