私が先ほど「自分のために生きてもいい、いいに決まっています」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、とても大切なことが隠れているからなんです。
あなたは最後に、こう聞いてくださいましたね。
「自分のために生きてもいいですか」と。
この、まるで誰かに許しを求めるような一言の中に、20年という歳月が、全部詰まっているんです。
長いあいだ、自分の気持ちを後回しにし続けると、人は「自分を優先していい」という感覚そのものを、少しずつ忘れていきます。
我慢することが、いつのまにか「その人らしさ」のようになってしまうんですね。
だから、いざ自由になれるというときにも、「私なんかが幸せになっていいのかな」と、心にブレーキがかかってしまう。
これは、あなたの心が弱いからではありません。
それだけ長く、誰かのために踏ん張ってこられた、何よりの証なんです。
もう一つ、お伝えしたいことがあります。
離婚を選ぶことは、「投げ出すこと」でも「逃げること」でもないんですよ。
20年、逃げずに向き合い続けたあなたが、最後に「これ以上は、自分を守ろう」と決めた。
それは逃げではなく、あなたが自分の手で掴んだ、立派な「選択」なんです。
そして、息子さんの「もう我慢しなくていい」という言葉。
あれは、あなたの生き方をいちばん近くで見てきた人からの、何よりの答え合わせです。
我慢する背中だけでなく、最後に自分を大切にする背中まで、あなたは見せてあげられたんです。
だからこそ息子さんは、迷わずあなたの味方になってくれたんですね。
あなたは、間違っていなかったんですよ。
これを読んでくださっている、今まさに我慢の中にいるあなたへ。
自分を後回しにしてきた時間は、決して無駄ではありません。
その優しさは、これからのあなたを守ってくれる、確かな力になります。
でも、その優しさを、これからは少しだけ、自分自身にも向けてあげてくださいね。
50歳からの人生は、余りものなんかではありません。
やっと手にした、あなただけの、まっさらな時間なんです。
誰かの正解に合わせる必要は、もうないんです。
あなたが心地いいと感じるほうへ、少しずつ進んでいけば、それでいいんですよ。
これからは、小さな「したい」を、ひとつずつ自分に許してあげてください。
焦らなくて、大丈夫ですからね。