私が先ほど「認識できなくなってもお母様であり、魂で結ばれている」とお伝えしたのは、心の仕組みとして、認知症によるご家族の忘却は、残された側にとって「曖昧な喪失」という非常に深い悲しみをもたらすからなんです。
目の前に大好きな姿があるのに、私を知っている「お母さん」はもういない。この現実は、はっきりと形のあるお別れ以上に、心が処理しきれないほどの痛みと喪失感を生み出します。ご相談者様が「時が止まった」「受け入れられない」と感じるのは、娘としてお母様を深く愛してきたからこそ湧き上がる、ごく自然な心の叫びなのですよ。
私たちは普段、「記憶を共有していること」が関係性の証明だと思い込んでいます。しかし、心理学や心の深い領域において、親子の絆や愛情は脳の記憶細胞だけで作られているわけではありません。頭では忘れてしまっても、あなたが注いできた優しさや、共に過ごした温かい感情の記憶は、決してお母様の心から消え去ることはなく、心の奥底に優しく刻まれているのです。
この記事を読んでくださっている方の中にも、親御さんの老いや認知症に向き合い、「私の知っている親ではなくなってしまった」と孤独や絶望を感じている方がいらっしゃるかもしれません。
そんな時は、無理に「悲しみを受け入れなきゃ」とご自身の心を急かさないでくださいね。「悲しいね、辛いね」と、まずはご自身の涙を優しく許してあげてください。そして少し落ち着いたら、記憶という「過去の記録」ではなく、今目の前で穏やかに座っているお母様との「今の温もり」に意識を向けてみてください。お互いの魂で触れ合うような優しい時間を、これからもゆっくりと紡いでいってくださいね。