公園のベンチで冷え切る心
「もう、そういうのいいから!」
公園の砂場から、甲高い声が響く。習い事が同じ同級生の女の子が、思い通りにならない遊びに腹を立てて不機嫌になっている。その横で、オロオロと顔色をうかがい、「ごめんね」とヘラヘラ笑ううちの娘。
その姿を少し離れたベンチから見ているだけで、私の心の方がズタズタに引き裂かれていく。
娘はもうすぐ小学3年生になる。小さい頃から友達を作るのが苦手で、いつも空回りしてばかり。少し幼くて、クラスの流行りにもついていけていない。
3年生になれば、女子は残酷なくらい明確にグループ化し始めるというのに、このままでは完全に孤立してしまうのではないか。
冷たい風に吹かれながら、手元のスマホで「小3 女子 友達関係」「仲間外れ 対処法」と検索しては、画面をスクロールする指が止まらない。液晶の光がやけに目に刺さる。
ため息が白く濁って、冬の終わりを告げる冷たい空気の中に溶けていった。
娘の人間関係に振り回される私
家に帰ると、娘は何事もなかったかのようにソファに寝転がり、テレビを見て笑っている。なのに、キッチンで夕飯のハンバーグをこねる私の胸の奥には、黒いタールのようなモヤモヤがこびりついたままだ。
あの理不尽な子に、これからもずっと都合良く扱われるのだろうか。もっと上手く立ち回れるように、私が何かアドバイスをしてあげなくちゃ。
明日、学校に行く前に何て声をかければいい?
もし一人ぼっちで休み時間を過ごすことになったら、どうやって傷ついた心を慰めればいい?
ひき肉をこねる手に力が入りすぎる。考えれば考えるほど、息が詰まる。
娘の人間関係なのに、どうして親の私がこんなに傷ついて、すり減っているんだろう。
誰にも言えないプレッシャーと焦りが、重い石のように胃の底に溜まっていた。私はただ、娘に笑っていてほしいだけなのに。
夜のベランダと、ふてぶてしい訪問者
夜、家族が寝静まった後。少しだけ外の空気を吸おうとベランダに出ると、エアコンの室外機の上に、見慣れないずんぐりとした猫が香箱座りをしていた。ふてぶてしい顔つきで、こちらをじろりと見つめている。
お前、さっきから眉間のシワが深すぎるニャ。カリカリしすぎて、ちっとも美味しくなさそうだニャ
「えっ……しゃ、喋った?」
驚いて固まる私を気にも留めず、自称『フク』と名乗るその太っちょ猫は、大あくびをしながら前足を丁寧に舐め始めた。
「人間ってのは本当に面倒くさい生き物だニャ。自分の子供だからって、大人の目線で勝手に心配して、勝手に傷ついてるんだから。見てて疲れるニャ」
「でも、あの子は不器用だから、私が導いてあげないと……このままじゃいじめられちゃうかもしれないし……」
フクはぴたりと前足を舐めるのをやめ、金色の目で私を真っ直ぐに射抜いた。
「あの子にはあの子の世界があるニャ。お前の世界じゃないぞ。」
図星を突かれ、言葉に詰まる。
「小さな頭と体で、今必死に自分の世界のルールを学んでる最中ニャ。大人の都合のいい物差しで先回りして安全な道を作ってやっても、足腰が弱くなるだけだニャ。心配するより、あいつの力を信じてどんと構えてやれニャ。」
「信じる……でも、もし本当に傷ついて帰ってきたら?」
「その時はその時だニャ。本当にどうしようもないくらいヤバいピンチが来た時だけ、デカい顔して親の爪を出してやればいいのニャ。それまでは、黙って日向ぼっこでもして見守るのが一番だニャ。自分の機嫌は自分でとる、それが立派な大人の猫……じゃなかった、人間のやることだニャ」
フクはそう言い残すと、ベランダの手すりをひらりと飛び越え、夜の闇に消えていった。
翌朝の食卓、見えない「爪」のお守り
翌朝。ダイニングテーブルで、娘は少し焦げたトーストにいちごジャムをたっぷりと塗ってかじりついていた。
「ねえ、もし今日も〇〇ちゃんが不機嫌になったらさ……」
喉まで出かかった「別の子と遊びなさい」というアドバイスを、私はグッと飲み込んだ。
フクの言葉が耳の奥で蘇る。『大人の都合のいい物差しで先回りするなニャ』。
私は口を閉じ、代わりに温かいココアを娘の前にコトンと置いた。
「……ん?お母さん、なに?」
娘がきょとんとした顔で私を見上げる。その口元には、ジャムがべったりとついている。
「ううん、なんでもない。ジャム、ついてるよ」
私がティッシュで拭き取ってやると、娘はえへへと笑い、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、昨日〇〇ちゃんが砂場で怒ってた時ね、私、アリさんが大きなクッキーの欠片運んでるの見つけたんだよ。〇〇ちゃん怒るの長いから、ずっとアリさん見てたの」
「え……?」
「そしたらね、隣のクラスの女の子も一緒にアリさん見てて、『すごいね』ってお話ししたんだー」
笑顔の「いってらっしゃい」
胸の奥を塞いでいた重い石が、音を立てて崩れていくのを感じた。
私が「理不尽に怒られてオロオロしている可哀想な被害者」だと思い込んでいた娘は、私が見ていないところで、ちゃんと自分の居場所を見つけようとしていたのだ。
不器用なりに、したたかに、彼女の世界を生き抜いている。
親が思っている以上に、子どもはずっと強くて、逞しい。
私がすべきことは、先回りして障害物をどけることではなく、彼女がいつでも安心して帰ってこられる安全基地でいることなのだ。
「そっか。アリさん、力持ちだね」
「うん!今日も探してみる!」
ランドセルを背負い、元気に玄関を飛び出していく娘の背中が、昨日よりも少しだけ大きく見えた。
「いざという時まで、私の爪はしまっておくからね」
小さく呟いた私の言葉は、誰に聞かれることもなく朝の空気に溶けていく。
「いってらっしゃい!」
心の底から出た明るい声で、私は娘の背中を見送った。雲の隙間から差し込んだ春の陽射しが、私たちを暖かく包み込んでいた。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








