終わらない家事と、聞こえよがしの悪口
シンクに溜まった食器を洗いながら、私はまた深いため息をついた。冷たい水で悴む手よりも、心の方がすっかり冷え切っている。
リビングからは、姑が義姉と電話で話す声が聞こえてきた。
今日の煮物、味が薄くてねぇ。本当に気が利かないのよ
わざと私の耳に入るようなボリューム。
同居を始めてからずっとこうだ。家事の一切を私にやらせておきながら、裏では文句ばかり。それでも波風を立てまいと、私は自分の感情を押し殺して、黙々とフライパンを磨き続けた。
いつしか私が「キーパーソン」に
そんな姑が倒れ、介護が必要になったのはつい先月のことだ。 ケアマネージャーとの面談の日、夫と義姉は当然のように私を指差した。
いつも一緒にいるんで、手続きとかは妻にお願いします
お義姉さん、お母さんのことよろしくね!
二人の軽い言葉に、私は反論すらできなかった。
気がつけば、書類の「キーパーソン(主な介護者)」の欄には私の名前が書かれていた。逃げ場のない檻に閉じ込められた気分だった。
正直なところ、姑を介護したいという気持ちは、1ミリもない。 それなのに、「冷たい嫁だと思われたくない」という世間体が私を縛り付ける。
最近は姑と必要最低限の会話しかできず、作り笑いすら作れなくなった。
こんな私は、血も涙もない冷酷な人間なのだろうか。
暗いリビングで一人、スマホの画面をぼんやり見つめながら、底なしの自己嫌悪に陥っていた。
自分の人生を取り戻すための、猫の教え
ニャんだ、そのし気気臭い顔は
不意に足元から声がした。
驚いて目を落とすと、ふてぶてしい顔つきの、ちょっと太めの猫が座っていた。どこから入ってきたのか、我が物顔でソファに飛び乗り、短い足で毛づくろいを始めている。
あ、あなたは……?
オレ様はフクだニャ。お前、随分と都合よく使われてるニャア
フクは呆れたように私を鼻で笑った。
キーパーソン? 笑わせるニャ。そんなの、面倒事を押し付けるためのキレイゴトだニャ
でも、私がやらないと……冷たい嫁だって言われるし
言わせておけばいいニャ! 血の繋がったヤツらが責任を持つのが筋だニャ。お前はただの『補助』だニャ
フクは大きなあくびをして、ビー玉のような目で私を真っ直ぐに見据えた。
『実の娘じゃないから無理だ』って、堂々と言ってやればいいニャ。お伺いを立てるんじゃないニャ。お前の立場を『宣言』するんだニャ。オレ様みたいに、もっと自分ファーストに生きるニャ
その言葉が、強張っていた私の心に、すとんと落ちた。
そうだ。私は今まで、相手のペースに飲まれ、勝手に「良い人」の仮面を被って自分を犠牲にしていただけだ。
……ありがとう、フク
私が呟くと、フクは「ふんっ」と鼻を鳴らして、幻のように部屋の闇へ消えていった。
スマホの画面を閉じ、私は大きく深呼吸をした。明日、夫と義姉を呼ぼう。そしてハッキリと伝えよう。
もう、私の人生を勝手に消費させるわけにはいかないのだから。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








