スーツのままベッドに倒れ込む、何もない日常
重い玄関のドアを閉めた瞬間、残っていたわずかなエネルギーが完全に底を突いた。靴を脱ぎ捨て、着替える気力もないまま、スーツ姿でベッドに倒れ込む。見慣れた天井の模様をぼんやりと見つめていると、静寂の中で時間だけが容赦なく過ぎていく。
まもなく50歳。
一人暮らしの私には、休日のルーティンはおろか、日常生活を保つ気力すら残っていない。 朝は出勤ギリギリまで泥のように眠り、かろうじて職場へ向かう。そして帰宅すれば即横になるだけの毎日。
最大の原因は自律神経の乱れだと自分でも分かっているけれど、病院に行くのも、薬を買うのも、スマホで改善策を検索することすら面倒で指が動かない。
昔は「追い込まれたらやるタイプ」だったはずなのに、今の私には、自分を奮い立たせる精神力が一滴も残っていなかった。
母の死、親族への借金。守るべき存在すら持てない私
天井を見つめながら、どうしてこんな風になってしまったのだろうと自問する。
きっかけは母の死だった。ぽっかりと空いた心の穴を埋められず、気力を失って当時の仕事を辞めてしまった。
今の職場に就くまでの間に貯金は完全に底をつき、恥を忍んで親族に借金まで重ねてしまった。
この泥沼のような生活を、一刻も早く打破したい。 「守るべき存在がいれば、私も変われるかもしれない」 そう思い立ち、スマホで犬や猫の動画を眺めてはみるものの、すぐに冷たい現実が立ちはだかる。
自分の身の回りのことすらままならず、親族に借金までしている底辺のような私が、命を預かる資格なんてあるわけがない。
友人にLINEで悩みを打ち明けてみても、「少し休んだら?」という的外れな励ましが返ってくるだけで、何の解決にもならず、私の孤独は深まるばかりだった。
一足飛びには変われない。まずは「今日できたこと」を認める
真っ暗な部屋の中、手放したスマホの画面がふっと暗転した。私は一生、このベッドの上で腐っていくのだろうか。
その時、心の奥底で静かに自分を客観視する声が聞こえた。
私はずっと、「絶好調の自分」に戻らなければいけないと焦っていたのだ。一気に借金を返し、心身を完璧に治し、生活を劇的に変えようとするから、その途方もないゴールに絶望して動けなくなっていたのではないか。
一足飛びに変わる必要なんてない。 よく考えてみれば、私は「かろうじて」と言いながらも、今日もしっかり起きて仕事に行けたのだ。それだけでも、今の私にとっては途方もなく大きな「一歩」じゃないか。
いきなり状況をひっくり返すのは無理でも、今月のお給料が入ったら、ほんの数千円でも借金を返そう。
ペットを飼うのはまだ無理でも、休日にお金をかけずに保護団体のサイトを眺めて、何が必要か調べてみるくらいならできるかもしれない。
そうやって、小さな「できたこと」を一つずつ拾い集めていけば、1年後にはきっと、今とは違う景色が見えるはずだ。
私はゆっくりと体を起こし、シワになったスーツのジャケットを脱いだ。まだ完璧じゃないけれど、明日はもう少しだけ、自分の歩幅を褒めてあげられる気がする。








