飛び出した実家と、既読しかつかないLINE画面
スマホの画面に「既読」の文字だけが並び、返信の吹き出しは一向に現れない。
90代の母と、精神疾患を抱える兄が暮らす実家。飛行機で数時間かかるその場所から逃げるように帰ってきてから、もう何週間もこの状態が続いている。
今年からは年に数回は帰ろうと決意していたのに、最終日の些細な口論がすべてを壊した。
明らかな正論を口にした私に対し、母が放った「妹なんだから偉そうに言うな」という冷たい叱責。
その一言が、幼い頃から兄のために押し殺してきた私の感情の堰を、いとも簡単に決壊させた。
荷物をひったくるように持ち、誰の顔も見ずに玄関を飛び出した日の冷たい空気は、今でも肌に焼き付いている。
宛名のない後悔と、母からの「謝罪」
自宅に戻ってから、私は取り憑かれたように手紙を書いた。
兄に威嚇されてずっと苦しかったこと。どれだけ頑張っても褒めてもらえず、ずっと我慢していたこと。
長年胸の奥で腐らせていた黒い感情をすべて便箋にぶつけ、実家へ送りつけた。
数日後、母から短い返事が届いた。
「兄の病気のせいであなたの青春時代がなかったこと、お兄ちゃんのことしか考えていなかったこと、本当にごめんなさい」
しかし、それ以降、私から写真や近況をLINEで送っても、一切の連絡が途絶えてしまった。
あんな手紙、出さなきゃよかった。
私の身勝手な感情の爆発が、母を深く傷つけ、兄の体調まで悪化させてしまったのではないか。
静まり返った部屋の中で、激しい後悔と自己嫌悪が黒い波のように押し寄せては、私の息の根を止めようとする。
兄に何かあったらどうしようという不安で、夜も眠れない。
距離を置く時期だと受け入れる、静かな覚悟
マグカップの冷めたコーヒーを見つめながら、私は自分の心に問いかけた。
本当に、あの日手紙を書いたことは取り返しのつかない「間違い」だったのだろうか。
ふと、心の奥で静かな声がした。いや、あれは間違いなんかじゃない。あの時の私には、あの手紙を書くことでしか、限界を迎えた自分の心を守れなかったのだ。
そして、母や兄から連絡がないのは、私を拒絶しているというより、ただ単に「今は連絡をしたくない、できない」状態なのだ。
家族だからといって、常に分かり合えるわけじゃない。今は無理に心の扉をこじ開けるのではなく、「お互いに距離を置く時期」なのだと受け入れよう。
「心配だから、何かあったらいつでも言ってね」 今はその言葉だけを画面に残し、彼らが本当に助けを求めてきた時には全力で支える覚悟を持とう。その静かな覚悟は、言葉にしなくてもいつかきっと伝わるはずだから。
窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。一人で抱え込むには重すぎるこの気持ちの整理をつけるため、明日、誰かにこのごちゃごちゃな心の内を聞いてもらおう。私は深く息を吸い込み、スマホの画面を静かに閉じた。








