終わらない陰口と、息の詰まる給湯室
「だから言ったじゃない、あのやり方じゃダメだって。ほんと、気が利かないわよね」
給湯室から漏れ聞こえてくる大きな笑い声に、私はデスクでそっとため息をつきながらマウスを握り直した。女性ばかりのこの職場で、長年居座る「お局様」たちのターゲットになっているのは、今のところ私だ。
彼女たちは新しいシステムを頑なに拒み、事務作業が苦手だ。その分の仕事を私が淡々とこなすのが、どうやら気に入らないらしい。
事あるごとに人前でマウントを取られ、あからさまに見下される日常。
「私さんって、パソコンばかり見てて冷たい感じよね〜」
すれ違いざまに落とされたトゲのある言葉が、じわじわと心を削っていく。
上司は彼女たちより年下で、面倒ごとを避けるために完全にお局の言いなりだ。彼女たちのわがままを見て見ぬふりをしてやり過ごしているのが、誰の目にも明らかだった。
「あなたにも原因があるんじゃない?」
心身ともに限界を感じた私は、意を決して上司に面談を申し込んだ。
お局が過去の部署でも周囲を疲弊させていた問題人物であること、人によって態度が違いすぎて恐怖すら感じていること。藁にもすがる思いで打ち明けた。
しかし、返ってきたのは絶望的な言葉だった。
「彼女、僕の前ではそんな人じゃないですよ。コミュニケーション不足なんじゃないですか? あなたにも原因があるのでは?」
目の前が真っ暗になった。お局の巧みな話術にすっかり丸め込まれている上司には、私のSOSは届かない。誰も私を信じてくれない。 帰り道、満員電車に揺られながら、スマホで「転職」と検索しては、すぐにブラウザを閉じた。
どうせ別の職場に行ったって、同じような厄介な人は必ずいる。
そう思うと、履歴書を書く気力すら湧かず、暗闇の中でただ耐えるしかないのだと自分に言い聞かせていた。
「どこに行っても同じ」なんて、誰が決めた?
夜、自室のベッドに倒れ込み、天井をぼんやりと見つめていた。理不尽な状況を、私はこの先何年やり過ごせばいいのだろう。
ふと、心の奥底で冷静な声が響いた。
本当に、どこの職場に行っても「同じ」なのだろうか?
それは、動く気力すら奪われてしまった私が作り出した、ただの思い込みに過ぎないのではないか。 それに、もしこの会社に留まるとしても、彼女の機嫌に振り回されて心をすり減らす必要なんてない。
「ああ、またあの人、同じようなマウントを取ってるな」と一歩引いて俯瞰し、いざという時のために理不尽な言動をすべて記録に残せばいい。
私の人生の主導権を、あんな人たちに握らせてたまるか。 起き上がってデスクに向かい、お気に入りのノートを開いた。
今日言われたこと、されたことを日付とともに淡々と書き留めていく。それは私にとって、自分の心を守り、相手と精神的な距離を置くための儀式のようだった。
異動の時期を待つか、それとも新しい場所を探すか。選択肢は、決して「耐える」こと一つだけじゃない。
ノートを閉じた時、少しだけ呼吸がしやすくなっていることに気がついた。
明日もあの職場に行くのは憂鬱だけれど、もう以前のようにただ怯えるだけの私じゃない。自分の人生を取り戻すために、私は静かに準備を始める。








