終わりのない「正解」の押し付けと、すり減る毎日
「そんなやり方じゃダメって、いつも言ってるじゃない。親の教育が悪いと、孫の躾まで行き届かないわね」
夕食の片付けを終えたキッチンに、お義母さんの鋭い声が響く。私はスポンジを握りしめ、ただ「すみません」とだけ返した。
水切りカゴに置いたお皿の位置が、彼女の「絶対的なルール」から数センチずれていたらしい。
シンクの水を流しながら、誰にも聞こえないような小さなため息をつく。
エプロンのポケットからスマホを取り出して画面を開いても、今の重い気分を晴らしてくれるような通知はない。
夫は私の味方をして、「母さん、その辺にしておけよ」と庇ってくれる。それがこの家での唯一の救いだけれど、毎日顔を合わせてチクチクと降ってくる小言のシャワーは、確実に私の心を削り取っていく。
「分かり合えるわけがない」という冷たい絶望
夜、寝室のベッドに倒れ込むように横たわる。暗い部屋の天井をぼんやりと見つめながら、今日言われた言葉が頭の中で何度も再生されては消える。
どうしてあの人は、自分の考えが常に世界の正解だと信じて疑わないのだろう。私なりの工夫ややり方はすべて「間違い」として全否定される。
同居を始めた頃は歩み寄ろうとした時期もあったけれど、もう疲れてしまった。
「どうせ、お義母さんとは分かり合えるわけがない」
頭ではそう割り切っているつもりだ。期待しなければ傷つかない。そう自分に言い聞かせているのに、皮肉なことに、理不尽な言葉をぶつけられるたびに怒りと悲しみで胃の奥が熱くなる。
我慢するしかないこの状況で、私はいつまで「良いお嫁さん」の仮面を被って耐えればいいのだろう。
ふてぶてしい訪問者と「映し鏡」の法則
「なんだか、毛玉を吐き出す前みたいに険しい顔をしてるニャ」
唐突に声がして体を起こすと、開け放した窓の桟に、見知らぬ少し太めの猫が座っていた。ふてぶてしい顔つきで、熱心に前足を舐めている。
ストレスで幻覚でも見ているのだろうか。
私は自嘲気味に笑い、「……お義母さんがね、自分の考えが絶対だと思ってて、私のこと全部否定するの。分かり合えるわけないのに」と、猫に向かって愚痴をこぼした。
「フク」と名乗ったその猫は、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「あのバアサンが『自分が絶対』って思ってるのは分かったニャ。でも、オマエサンも『あのバアサンとは絶対に分かり合えない』って、自分の考えが絶対だと思い込んでないかニャ?」
思わず息を呑んだ。
私が?
「人間関係は映し鏡みたいなもんだニャ。相手が頑固に見える時は、自分も心を閉ざしてる証拠だニャ。猫みたいに、美味しいご飯だけもらって、気に入らない説教は耳をパタンと伏せてスルーすればいいんだニャ」
フクは大きなあくびをすると、しっぽを揺らしながら夜の闇にふらりと消えていった。
「……スルー、か」
お義母さんの言葉を全部「正しいか、間違っているか」で正面から受け止めるから苦しかったのだ。私は私で「絶対に分かり合えない」と心を閉ざしていたのかもしれない。
役に立つ知恵だけは頂いて、理不尽な嫌味は右から左へ受け流す。 フクの言う通り、少し猫のようにワガママで非常識に生きてみてもいいのかもしれない。
ふっと肩の力が抜け、張り詰めていた心が少しだけ軽くなった気がした。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








