シャワーの音と、砕け散った幸せのパズル
「おめでとう!」「幸せになってね!」 スマホの画面には、友人や同僚からの祝福のメッセージが溢れている。
数年お付き合いした大好きな彼と、念願の入籍。新居での生活が始まり、私は世界で一番幸せな花嫁のはずだった。
彼がお風呂に入り、リビングに心地よいシャワーの音が響き始めた時、本当に、ただの魔が差しただけだった。テーブルの上に置かれた彼のスマホ。いつもは見ないのに、なぜかその日は、吸い寄せられるように手に取ってしまったのだ。
パスコードを知っていた自分を呪いたい。
画面を開き、何気なくマッチングアプリのアイコンをタップした瞬間、私の世界は音を立てて崩れ去った。そこには、私と交際中にも関わらず、特定の女性と親密にやり取りしている履歴が残っていたのだ。
私には「仕事で忙しいから会えない」と言っていた日に、彼はその女性に甘い言葉をかけ、遠方まで足を運んでいた。
私は、都合のいい「2番手」だったのか。 結局、その女性には彼が振られる形で別れていたけれど、未練たっぷりのメッセージや、相手の可愛い写真を見てしまい、私の中の女性としての自信は、跡形もなく砕け散った。
誰にも言えない「仮面妻」の日々
シャワーの音が止まり、彼がリビングに戻ってきた。 「あー、さっぱりした」 いつもの優しい笑顔。最近の彼は、以前よりもずっと私を大切にしてくれているように感じる。それが余計に、私の心を切り刻む。
職場にも友人にも入籍の報告は済ませてしまった。親だって、私たちの結婚をあんなに喜んでくれた。今さら「交際中に二股をかけられていたから離婚する」なんて、口が裂けても言えない。
悔しくて、許せなくて、でも、まだ彼のことが好きで。
この矛盾した感情が、胸の中でせめぎ合い、息ができない。彼には事実を知ったことを隠し、私は普段通りに振る舞い続けた。けれど、彼が寝静まった後、一人になると涙が止まらない。私はこれから、一生この呪いを抱えて生きていくのだろうか。
ふてぶてしい猫と、私の「今」
バカだニャあ。そんな過去のゴミ溜めをほじくり返して、自分から傷つきにいって、何が楽しいニャ?
不意に声がして顔を上げると、買ったばかりのソファの真ん中に、ふてぶてしい顔つきの丸々と太った猫がどかっと座り込んでいた。いつの間に部屋に入り込んだのか、首輪もないその猫は、私をジロリと見下ろしながらゆったりと尻尾を揺らしている。
えっ……猫? どこから……
吾輩はフクだニャ。おいお前、過去に2番手だったとか、どうでもいいニャ。大事なのは、今はお前が『奥様』という唯一無二のポジションにいるって事実だニャ。
フクはソファの上で大きなあくびを一つした。
人間はバカだニャ。終わったことに縛られて、目の前の幸せをドブに捨てるニャ。吾輩みたいに、もっと自分ファーストで生きろニャ。過去があったから今があるニャ。今のこいつの優しさが真実なら、それを全力で享受すればいいニャ。
痛いところを突かれ、私は言葉を失った。
吾輩は、今のメシと今の昼寝がすべてニャ。お前も、今の幸せだけを見てればいいニャ。
フクは「ここは居心地がいいニャ」と鼻を鳴らし、いつの間にか姿を消していた。
部屋には静寂が戻り、隣の寝室からは彼の穏やかな寝息が聞こえてくる。フクの言葉が、私の心の中の霧を、少しだけ晴らしてくれた気がした。
過去は変えられない。でも、未来は私が決められる。 私は、過去の呪いに縛られるのではなく、「今」の彼の優しさを信じてみよう。
私は涙を拭い、そっと寝室のドアを開けた。彼の隣に滑り込み、温かい体温を感じながら、私は私自身の「今」の幸せを守るために、もう少しだけ頑張ってみようと思った。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








