66歳独身です。友人も少なく、親戚付き合いもほとんどありません。
先日、昔の同僚の葬儀に参列しました。たくさんの人が彼女を偲んで泣いていました。彼女は本当に愛されていたんだなとしみじみ思いました。
そしてふと思ったのですが、この先自分がこの世を去った時、私という人間がこの世にいたことを誰が覚えていてくれるのでしょうか。
そう思うと深刻な寂しさが込み上げて、どうしようもない気持ちになりました。
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66歳独身です。友人も少なく、親戚付き合いもほとんどありません。
先日、昔の同僚の葬儀に参列しました。たくさんの人が彼女を偲んで泣いていました。彼女は本当に愛されていたんだなとしみじみ思いました。
そしてふと思ったのですが、この先自分がこの世を去った時、私という人間がこの世にいたことを誰が覚えていてくれるのでしょうか。
そう思うと深刻な寂しさが込み上げて、どうしようもない気持ちになりました。
ご相談者様は、これまであまり周りの方とのお付き合いをせずに過ごしてこられたのですね。もし、ご自身の静かな時間やそんな人生を「心地よいな」と楽しんでこられたのだとしたら、ご自分がこの世を去ってからのご心配というのは、実のところ必要ないのですよ。
また、「これまではこれまで」として、同僚の方のご葬儀をきっかけに「人と関わることって大切なことなんだな」と今、思われたのでしたら、ここから丁寧な人付き合いを始めて、新しい絆を作っていかれてはいかがでしょうか。
ご自分が亡くなった後のことを思い悩むのではなく、「今をどう生きるか」ということに、どうかお心を注いでいただきたいのです。
人生に間違いはありませんからね。これまでの歩みも大正解ですし、これからの人生も正解です。その上で、これからどうやってご自身の人生を豊かに、幸せに生きていくか、ご自身で自由に考えてみられてはいかがでしょうか。

たま先生の解説
心理のポイント
私が先ほど、「ご自分が亡くなった後のことではなく、今をどう生きるかに注力していただきたい」とお伝えしたのは、心の仕組みとして、私たちが「死後のこと」を強く思い悩む時というのは、実は「これからの生き方を見つめ直したい」という心からのサインであることが多いからなんです。
葬儀という場に立ち会うと、誰しも「自分の最後はどうなるのだろう」と不安を抱くものです。特に今回、ご自身が選んできた「一人で静かに生きる」というスタイルと、故人の「大勢に囲まれる」というスタイルを比較してしまったことで、ご自身のこれまでの人生の価値まで揺らいでしまったように感じたのですね。深刻な寂しさが込み上げてくるのは、あなたがご自身の人生を大切に想っている証拠でもあります。
でも、どうか思い出してくださいね。人との関わりが少ない生活は、あなたが自分のペースを守り、「心地よい」と選んできた大切な時間だったはずです。他人の物差しで、ご自身のこれまでの人生を「寂しいものだった」と否定する必要は全くないのですよ。
この記事を読んでくださっている方の中にも、ふと老後や人生の終わりに意識が向き、「私には何もないのではないか」と虚無感や孤独感に襲われる方がいらっしゃるかもしれません。
そんな時は、まだ起きていない未来や、自分ではコントロールできない「死後の評価」に心を囚われるのではなく、「今日の私が笑顔でいるために何ができるか」に意識を優しく戻してあげてください。もし「やっぱり誰かと繋がりたい」と心が動いたなら、何歳からでも遅すぎることはありません。近所の人に挨拶を一つ増やしてみるなど、小さな一歩を踏み出してみてくださいね。
これまでの人生も正解。そしてこれからの人生も、あなたが選んだ道が正解です。今この瞬間から、ご自身の心を一番に満たす生き方を、どうか楽しんでくださいね。