祝福から一転した、地獄の顔合わせ
娘の左手薬指で光る小さな婚約指輪。あんなに嬉しそうに報告してくれたのに、今の娘の顔は青ざめ、手はかすかに震えている。
事の発端は、サラリーマンの彼からの突然の「起業宣言」だった。奨学金の返済もあり、貯金はゼロ、事業計画もなし。
「銀行が貸してくれるから大丈夫」と笑う彼に、しっかり者の娘は「結婚後の生活もあるから、まずは二人でお金を貯めよう」と現実的な提案をし、彼も一度は頷いた。
しかし、後日行われた彼のお母さんとの食事会で、事態は最悪の方向へ転がった。
「息子が起業したいって言ってんのに、一緒にできないなら嫁の資格なんてないわ!」
個室に、ヒステリックな怒声が響き渡った。母子家庭で彼を育てたというお母さんは、鬼のような形相で娘を睨みつけていた。
支配される彼と、見えない「普通の結婚」
「女にナメられてんじゃねーよ!」
お母さんの汚い罵声は彼にも向けられた。私が一番絶望したのは、その時の彼の態度だ。
将来を誓い合ったはずの娘が目の前で理不尽に怒鳴られているというのに、彼は母親に怯え、下を向いたまま一言も発しなかったのだ。完全に母親に支配されている。
お母さん……私、彼のお母さんが怖くて、もう結婚できない
帰りの車の中で、娘はポロポロと涙をこぼした。私はハンドルを握りながら、胸が張り裂けそうだった。
親としては、せっかくの娘の結婚を祝福してやりたかった。「彼とよく話し合ってみたら?」「マリッジブルーかもしれないよ」そんな言葉が喉まで出かかっていた。
世間体を気にして、波風を立てずに結婚を勧めるのが親の役目なのだろうか。
答えの出ない暗闇の中で、私一人、どう娘を導くべきか分からず途方に暮れていた。
猫が教える、見切りをつける勇気
ニャんだ、そのお通夜みたいな顔は
不意に助手席からしゃがれた声がした。驚いて横を見ると、いつの間にかふてぶてしい顔つきのちょっと太めの猫が座っていた。
あ、あなたは……?
オレ様はフクだニャ。お前、随分とつまんない常識に縛られてるニャア
フクは短い前足で器用に顔を洗いながら、私を鼻で笑った。
だって、親としてどうアドバイスしたらいいか……
アホかニャ。まだ結婚もしてないのに『嫁の資格がない』なんて喚くババアと、それに怯えてるだけの男だニャ。そんな奴らと手を取り合って人生乗り切れるわけないニャ!
フクは大きなあくびをして、ビー玉のような目で私を真っ直ぐに射抜いた。
娘は賢いニャ。自分で『結婚できない』ってちゃんと答えを出してるニャ。お前がやるべきなのは、世間体を気にして背中を押すことじゃないニャ。客観的に見てヤバい物件から逃げる娘の決断を全力で肯定して、一番の味方になってやることだニャ!
ハッとした。フクの言う通りだ。
あんな歪んだ親子関係の中に、私の大切な娘を送り出せるはずがないのだから。
娘の決断を、尊重する……
私が力強く呟くと、フクは「さっさと逃げるニャ」と鼻を鳴らし、ふらりと夜の闇へ消えていった。
家に着き、私は泣き疲れてソファで眠る娘の肩を優しく抱いた。
大丈夫、あなたの決断は間違ってない。お母さんが全部味方になってあげるからね
もう迷いはなかった。これから先、娘が本当の幸せを掴めるように、私は親として全力で彼女の盾になろう。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








