「ドブ川で拾ってきた」親の言葉が作った、見えない鎧
「これ、つくりすぎちゃったからお裾分け。いつも助けてもらってるお礼!」
職場の同僚が笑顔で差し出してきた手作りの惣菜を受け取りながら、私は表面上だけ取り繕った愛想笑いを浮かべた。心の奥底では、冷たく警戒する声が響いている。
(いつも助けてもらってるからって、次も面倒な仕事を押し付ける気なんじゃないの?)
50代にもなって、私は人を無条件で信じることができない。他人に善意を向けることはできても、向けられた善意には必ず「裏」があると思ってしまうのだ。
原因はわかっている。
幼い頃から、私は親に「役に立つか立たないか」という基準だけで利用されてきた。
褒められれば「親のおかげ」、怒られれば「お前のせい」。
「お前なんか、ドブ川で拾ってきたんだ」という酷い言葉を、子供の頃の私は本気で信じて怯えていた。
他人の不幸は蜜の味、他人の幸福は妬みの対象。そんな歪んだ両親の下で育った私にとって、他人の無条件の善意など、この世に存在しないおとぎ話のようなものだった。
身内にすら弱みを見せられない、深い孤独
帰宅して一人、薄暗い部屋の明かりをつける。もらった惣菜を冷蔵庫にしまいながら、ふと得体の知れない虚しさが押し寄せてきた。
身内にすら、私は決して弱みを見せることができない。悩みを打ち明ければ、いつか足元を見られて攻撃されるに決まっている。そうやって見えない鎧を何重にも着込み、誰にも心を開かないまま、気づけば人生の折り返し地点を過ぎていた。
テレビの液晶画面に映る、笑い合う人々のバラエティ番組を無音で眺めながら、深いため息がこぼれた。
世間の人たちは、一体どうやって人を信じているのだろう。どうしたら、あんなふうに無防備に誰かの心を信じられるようになるのだろうか。
本当は、私だって誰かを信じてみたい。損得勘定のない温かい関係を築いてみたい。
でも、差し出された手を取るのが恐ろしい。そんな矛盾した思いが、毎晩のように私を締め付けていた。
他人を信じる前に、まずは「弱い自分」を許すこと
冷たいフローリングに座り込み、膝を抱えながら、ふとある考えが頭をよぎった。 私は他人が信じられないと言いながら、実は「自分自身」のことすら信じていないのではないだろうか。
約束を守ってくれるから、仕事ができるから。そういった条件付きの「信用」と、ただそこにいるだけで相手を受け入れる無条件の「信頼」は全くの別物だ。
私は他人に弱みを見せないように必死に生きてきたけれど、それは同時に、「弱みのある自分」を私自身が誰よりも許し、認めていなかったからではないか。
親の愛情を得られなかった過去は変えられない。でも、その過酷な環境にいたからこそ、私は今「人を信頼する大切さ」に誰よりも強く気づくことができたのかもしれない。
もう、役に立つかどうかなんて関係ない。
今のままの、傷だらけで臆病な私でいい。自分自身にそう言い聞かせて、そっと自分の肩を抱きしめてみた。
明日、同僚にタッパーを返す時は、疑うことをやめて真っ直ぐに「ありがとう」と伝えてみよう。
心の鎧を完全に脱ぎ捨てるには、まだ時間がかかるかもしれない。でも、ほんの少しだけ、自分自身に優しい手を添えることから始めてみようと思う。








