71歳の男性です。エンディングノートを書き始めました。しかし手が止まってしまいます。銀行口座や保険の欄は埋められました。しかし、家族へのメッセージの欄で何も書けなくなるのです。
私の人生は仕事だけでした。家族を顧みず働きました。それが正しいと信じていました。しかし、ここに書きたいのは会社での成功ではありません。思い出せない息子の運動会や、連れていけなかった妻との旅行のことが書きたいのです。
私の人生は空っぽだったのでしょうか。このノートを白紙のまま逝くのがとても怖いです。
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71歳の男性です。エンディングノートを書き始めました。しかし手が止まってしまいます。銀行口座や保険の欄は埋められました。しかし、家族へのメッセージの欄で何も書けなくなるのです。
私の人生は仕事だけでした。家族を顧みず働きました。それが正しいと信じていました。しかし、ここに書きたいのは会社での成功ではありません。思い出せない息子の運動会や、連れていけなかった妻との旅行のことが書きたいのです。
私の人生は空っぽだったのでしょうか。このノートを白紙のまま逝くのがとても怖いです。
これまで長きにわたり、本当に頑張ってこられましたね。「仕事人間」という言葉があったりして、仕事だけに生きることがどこか寂しいことであるかのように捉えられることもあります。
ですが、あなたが一生懸命にお仕事をされてきたおかげで、お子様は無事に大きくなられ、奥様は今日まで安心して暮らしてこられたのです。それは、本当に素晴らしいことなんですよ。
思い出というのは、決して特別なイベントや行事のことだけではありません。ご家族の今の安定した生活、そして立派に成長された息子さんがそこにいらっしゃること。それこそが、あなたが人生をかけて築き上げた「一番の思い出」であり、生きた証なのです。
もし、旅行などのイベントのような思い出がこれから必要だと感じられるのでしたら、ご相談者様はまだ71歳です。今からどんどんご家族との旅行に出かけたり、楽しいご自身の時間を作っていかれたりしてはいかがでしょうか。とても素敵な人生ですよ。

たま先生の解説
心理のポイント
私が先ほど「思い出というのは特別なイベントのことだけではない」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、人は人生の節目や終盤に差し掛かると「手に入れられなかったもの」や「できなかったこと」ばかりに意識が向いてしまう傾向があるからなんです。
エンディングノートを前にして「私の人生は空っぽだったのではないか」とご自身を責めてしまうお気持ち、とてもよくわかります。ですが、ご家族が今日も温かい家で安心してご飯を食べ、健やかに生きているという「当たり前の日常」は、ご相談者様が雨の日も風の日も働き、家族を守り抜いてきたからこそ存在しているものです。目に見える派手なイベントがなかったとしても、あなたが注いできた愛情と責任感は、ご家族の心と暮らしの土台としてしっかりと刻み込まれています。
決して、あなたの人生は空っぽなんかではありません。まずは、ご家族を守り抜いたご自身の手を、心の中でぎゅっと握りしめて「よくやったね」と労ってあげてくださいね。
この記事を読んでくださっている皆さんも、もし過去を振り返って「あの時ああしていれば」と強い後悔に襲われた時は、過去の足りなかった部分ではなく、「そのおかげで今、守られているもの」に優しく目を向けてみてください。そして、人生の時間は「気づいたその瞬間」から新しく動かし始めることができます。
70代からでも、新しい思い出のページはいくらでも増やしていけます。過去を悔やむのではなく、「これからの時間で奥様をどこへ連れて行ってあげようか」と、未来の楽しい計画に心のエネルギーを使ってあげてくださいね。
心が寂しさや後悔でいっぱいになりそうな時は、いつでもここへお話ししに来てくださいね。あなたのこれからの人生が、温かい笑顔と新しい思い出で彩られるよう、心から応援しています。