51歳の男性です。先日会社の飲み会で、後輩から無邪気に聞かれました。「人生で1番幸せだったのはいつですか」と。周りは「子供が生まれた時」や「結婚式」など、すぐに答えました。
しかし僕は言葉に詰まってしまいました。何も思い出せなかったのです。家族を養うため、ただ必死で働いてきました。気がつけば自分はもう51歳です。僕の人生は一体何だったのでしょうか。
思い出せないほどの幸せなら、それは本当に幸せだったのでしょうか。この空っぽの心で、これからどう生きていけば良いのでしょうか。
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51歳の男性です。先日会社の飲み会で、後輩から無邪気に聞かれました。「人生で1番幸せだったのはいつですか」と。周りは「子供が生まれた時」や「結婚式」など、すぐに答えました。
しかし僕は言葉に詰まってしまいました。何も思い出せなかったのです。家族を養うため、ただ必死で働いてきました。気がつけば自分はもう51歳です。僕の人生は一体何だったのでしょうか。
思い出せないほどの幸せなら、それは本当に幸せだったのでしょうか。この空っぽの心で、これからどう生きていけば良いのでしょうか。
「一番〇〇だった時」という質問、私も時々尋ねることがあるのですが、そんなに深く考えるようなことではありませんよ。
何も思い出せないというのは、実は「たくさん幸せなことがあって、ずっと幸せだった」ということなのです。そして、幸せの感じ方というのも人それぞれです。ご相談者様は、ご家族のためにあまりに一生懸命で、立ち止まって味わう間もなく、たくさんの幸せを通過されてきたのではないでしょうか。
でしたら、これからはその幸せを一つ一つ丁寧に味わって、楽しみながら、しっかりと抱きしめて過ごしていくという風にご自身で決めていかれてはいかがでしょうかね。

たま先生の解説
心理のポイント
私が先ほど「思い出せないのは、たくさん幸せなことがあって、ずっと幸せだったということですよ」とお伝えしたのは、実は心の仕組みとして、私たちは「当たり前にある平穏」よりも「劇的なイベント」を記憶に残りやすい特別なものとして認識してしまう傾向があるからなんです。
後輩の方の質問に答えられず、「人生が空っぽだったのではないか」とご自身を責めてしまうお気持ち、とてもよく分かります。ですが、ご家族を養うために必死に走り続けてきたその毎日こそが、途切れることのない平穏で幸せな日々だったのです。必死に走っている最中は、周りの美しい景色をゆっくり味わう余裕がないのは当然のことです。だからこそ、特別な一つの「点」として思い出せなかっただけなのですよ。
決してあなたの人生が空っぽだったわけではありません。むしろ、ご家族にとっての確かな「安心の土台」を、その両手でしっかりと築き上げてこられた、とても満たされた立派な人生です。
この記事を読んでくださっている皆さんも、ふと人生を振り返った時に「私には何もない」と焦りや空虚感を感じてしまう時は、これまでのご自身を否定しないでくださいね。それは「これからは、自分のために立ち止まって景色を楽しむ時期が来たよ」という、心からの優しいサインです。
これからは「美味しいコーヒーを飲めた」「空が綺麗だった」という日常の小さな喜びを、通り過ぎずにしっかりと立ち止まって味わってみてください。その温かい実感が、少しずつ心のグラスを満たしてくれますよ。心が迷子になりそうな時は、いつでもここでお話しを聞かせてくださいね。あなたのこれからの人生が、より味わい深いものになるよう応援しています。