息を殺す深夜のリビング
「お前がどんな人間か、よく考えろ!」
深夜のリビングに、夫の冷酷な声が響き渡る。私はソファの隅で小さく身を縮め、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。
結婚7年目。辛い不妊治療の末にやっと授かった、宝物のような娘。けれど、夫は娘に何かあると、すべてを私のせいにする。
「娘が風邪を引いたのはお前の管理不足だ」
「言葉遣いが悪いのはお前の悪影響だ」
少しでも反論すれば、さらに長時間の罵倒が続くか、1ヶ月以上続く完全な「無視」が始まる。
「私にも悪いところはあるんだから、仕方ない……」
冷たいフローリングを見つめながら、心を無にしてただひたすら耐え続けた。
「娘のため」という名の呪縛
夫が満足して寝室へ向かった後、私は暗いキッチンの床にへたり込んだ。 スマホの画面を光らせ、「モラハラ夫 対処法」と検索する。出てくる記事を虚ろな目で読み流しながら、何度も自分に言い聞かせた。
娘から父親を奪ってはいけない。片親にしてはいけない。 娘のために、私は離婚なんて絶対にしてはいけないんだ。
私がもっと上手く立ち回って、夫の機嫌を取ればいいだけ。この地獄さえ耐え抜けば、娘の幸せは守れる。冷え切った麦茶を喉に流し込みながら、誰にも言えない孤独の中で、重いため息をこぼした。
仮面を剥がす、ふてぶてしい猫
「本当に『娘のため』かニャ?」
突然、足元から低くて太い声がした。驚いてスマホを落としそうになると、いつの間にか開いていた勝手口の隙間から、お腹のぽってりとした茶トラ猫が入り込んでいた。
「な、なに……猫が喋った?」
「吾輩はフクだニャ。さっきから聞いてりゃ、『娘のために我慢』だの何だの、見え透いた嘘をつくのはやめるニャ」
フクは冷蔵庫の前にどっかりと座り込み、ふてぶてしい顔で私を見上げた。
「嘘じゃないわ! 私は娘の幸せを……」
「アホかニャ。お前、自分が一人になって生きるのが怖いから、娘を言い訳の盾にしてるだけだニャ。」
図星を突かれ、私は息を呑んだ。
「猫の世界じゃ、自分の身は自分で守るのが常識だニャ。相手のご機嫌なんて取らない。嫌なら引っ掻いて逃げるだけニャ。お前はどうだ? 対等な関係どころか、ただ怯えてるだけじゃないかニャ。」
フクは呆れたようにあくびをした。
「『娘のため』なんて重い荷物、子供に背負わせるなニャ。お前自身が、あの男と本当に一緒にいたいのか、自分の胸に聞いてみるんだニャ」
フクの鋭い言葉が、私の心にまとわりついていた「良き母」の仮面を容赦なく引き剥がした。私は、娘のために我慢していたんじゃない。自分自身で決断して、自立して生きることから逃げていただけだったんだ。
「……私、自分のために生きてみてもいいのかな」
ポツリと呟くと、フクは「自分の人生なんだから当たり前だニャ」と鼻を鳴らし、夜の闇へと消えていった。
夜明け前のキッチンは相変わらず冷え切っていたけれど、私の背筋は少しだけ、真っ直ぐに伸びていた。
登場人物紹介:フク
おう、俺の名前は「フク」だニャ。
たまお悩み相談室のWEB小説に、気まぐれでふらりと現れる猫だニャ。
ちょっと太めでふてぶてしい顔? うるさいニャ、これが俺のベスト・フォルムなんだから放っておけニャ。
俺の生き方は究極の「自分ファースト」だニャ。
美味しいおやつをもらった時しか喉は鳴らさないし、愛想笑いなんて絶対にしない。人間の社会にある「こうあるべき」とか「いい妻・いいお母さんでいなきゃ」なんていう謎のルール、俺たち猫には一切関係ないニャ。
なんで俺がアンタの前に現れるかって?
他人の顔色ばっかり伺って、自分を押し殺してボロボロになってる人間を見ると、なんだか見ててイライラするからだニャ。「自己犠牲」なんていう重たいもん背負ってるアンタに、俺が身も蓋もないツッコミを入れてやるニャ。
人間ってほんと、面倒くさい生き物だニャ。
嫌な時は噛む、寝たい時は寝る。それで嫌われるなら上等だニャ。アンタも俺みたいに、ガチガチに固まった肩の力を抜いて、もうちょっとワガママに生きてみろニャ🐾








